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大阪地方裁判所 昭和28年(行)79号 判決

原告 西村助三郎

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「原告の昭和二六年度分所得税について、被告が昭和二八年五月一日付で原告の審査請求を棄却した処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は京都市中京区西京西月光町三五番地で茶菓子の小売業を営んでいたのであるが、昭和二六年度分所得額一二〇、七二五円として青色確定申告をしたところ、昭和二七年三月三一日付で中京税務署長から原告の事業所得額を二五八、九〇〇円とする旨の更正決定通知を受けたので、昭和二七年四月二八日同署長に再調査請求をしたが三ケ月以内に決定がなされなかつたため、被告に審査の請求があつたものとみなされ、被告は昭和二八年五月一日付で原告の審査請求を棄却する旨の決定をし、その頃右決定は原告に通知された。

(一)  青色申告取下について、

原告は昭和二七年一月八日付で青色申告承認申請取下書を所轄中京税務署長に提出したことはあるが、これは原告の備え付ける帳簿に何等の脱漏がないのに、中京税務署員松本事務官が、原告が昭和二六年七月二一日森田峯旭園から仕入れ駒沢忠雄に原価で販売し家計費に費消した茶二貫同代金、三、〇〇〇円の売上が帳薄に記載なく、年間最低在庫高一〇〇、〇〇〇円とした棚卸商品高が実際と相違していることを理由として、青色申告の取下を強要したため、やむなく取下申請書を提出したものであつて、青色申告取下の効力を生ずるものではないから、原告の申告は依然青色申告としての効力を保有するものである。

(二)  仕入金額と年初棚卸資産について、

原告の昭和二六年度の仕入金額は森田峯旭園からの茶一八一、六三五円と菓子九一九、三二四円との合計一、一〇〇、九五九円である。原告は峯旭園経営者森田誠治と立会計算の結果原告の返品を差し引き右金額が算出せられたものであつて、乙第三、第四号証の各一から三まで、第五号証の一から一〇までは峯旭園の原告の返品の記載のない誤つた帳簿を病中の森田の意思に反して持ち帰つたものである。

なお、原告の年初棚卸資産は一六三、一二五円である。

(三)  売上金額と年末棚卸資産について、

原告の昭和二六年度の売上金額は一、三八四、〇四八円、年末棚卸資産は一一八、五〇〇円である。

原告は近所に多数の菓子小売業者のある中へ開業したものであつて競争激しく、砂糖は全部原価で販売し、キヤラメル、グリコ、カルケツト、ビスケツト、あめ、あられ等大衆向菓子は、菓子類中、売上の七割を占めるが、定価どおり販売せず、月に数回奉仕品として原価販売をするので、差益率は一割に過ぎない。店の奥においてある高級の菓子は差益率は一割五分から二割までであるが、その売上は菓子類中三割に過ぎない。

茶の方でも、高級の玉露、煎茶は差益率二割であるが、殆ど売上なく、売上の多いほうじ茶、番茶、川柳、青柳の差益率は一割五分に過ぎない。

前示のように駒沢忠雄に対する茶の代金三、〇〇〇円の売上は原価販売である。

従つて原告の売上金額は右三、〇〇〇円を加えても一、三八七、〇四八円を超えるものではない。

(四)  必要経費について、

必要経費が支払利息四三、二〇〇円を除き被告主張のとおりであることは認める。

原告はその営業資金として昭和二四年七月一二日矢野良子から二〇〇、〇〇〇円を借り受け、壬生局四二六三番の電話加入権その他を譲渡担保としたが、良子が未成年のため同人の毋で原告の妹にあたる西村スエノを債権者とし、原告を債務者とする公正証書を作成した。右債務については公正証書の記載にかかわらず利息の約定はなかつたが、原告は良子に対し、昭和二六年三月五日七、二〇〇円、同年四月二二日、同年六月二二日各三、〇〇〇円、同年八月六日、同年一〇月一七日、同年一一月三〇日各五、〇〇〇円、同年一二月三一日一五、〇〇〇円合計四三、二〇〇円を右債務の利息として支払い、右電話加入権は昭和二八年六月一〇日原告から良子にこれを譲渡した。

以上のとおりであるから、売上金額から仕入金額と必要経費とを差し引き原告の所得額は一二〇、七二五円を超えるものではない。従つて原告の審査請求を棄却した被告の決定は取り消されるべきものである。

と述べた。

(証拠省略)

被告は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告がその主張の場所で茶菓子の小売業を営んでいたものであること、原告が昭和二六年度分所得について青色確定申告書を提出したこと、原告が昭和二七年一月八日所轄中京税務署長に青色申告承認申請取下書を提出したこと、中京税務署長が原告主張の日に原告の事業所得額を二五八、九〇〇円とする旨の更正決定をしたこと、原告は原告主張の日に中京税務署長に再調査の請求をしたが、三ケ月以内に決定がなされなかつたため、被告に審査の請求があつたものとみなされ、被告は昭和二八年五月一日付で原告の審査請求を棄却する旨の決定をし、右決定がその頃原告に通知されたことは認める。

しかしながら、

(一)  青色申告取下について、

原告の備え付ける帳簿には売上金額の記載もれ等不備な点があつたので、原告は自ら青色申告承認申請取下書を提出したものであつて、何等税務署員の強要によるものではなく、原告の青色申告の取下は適法であつて、原告の申告は青色申告としての効力を有するものでない。

(二)  仕入金額と年初棚卸資産について、

原告は森田峯旭園からの茶仕入金額は一八一、六三五円であると主張するけれども、被告の調査によれば八一、三六二円の記載もれがあるから二六二、九九七円(乙第三号証)であつて、これに菓子仕入金額として原告の主張する九一九、三二四円を加えると、仕入金額の総額は一、一八二、三二一円である。

原告主張の年初棚卸資産は、菓子類六六、五八〇円と茶類九二、八五〇円、包装用紙袋三、六九五円合計一六三、一二五円であるが、包装用紙袋は消耗品費であつて購入した年度の必要経費に算入すべきものである。しかしこれを控除した一五九、四三〇円が年初棚卸資産として正当のものであることを認める。

(三)  売上金額と年末棚卸資産について、

原告主張の売上金額は一、三八四、〇四八円であつて、その差益率は一七・二パーセントに過ぎない。しかし通常菓子小売の差益率は二五パーセント、茶小売の差益率は三〇パーセントである。そこで被告は原告の店について、実地に取扱商品の売価と仕入原価を調査した結果、菓子類二六品目の平均差益率は二二・八パーセントであり、茶類一四品目の平均差益率は二五・一パーセントであることが判明した。(乙第四号証の二、三)

従つて原告の備え付ける帳簿が取引を誠実に記載したものとすれば、右帳簿から算出される差益率と実地調査による差益率とがほぼ一致するはずである。ところが原告にはその不一致を正当づける具体的事実が何等存しないので、被告は原告の主張する売上には脱漏があるものと認定した。

原告主張の年末棚卸資産は菓子類九三、六七四円、茶類二三、三九四円、包装用紙袋一、四三二円合計一一八、五〇〇円であるが、包装用紙袋は前示のとおり必要経費に算入すべきものであるから、これを控除した一一七、〇六八円が年末棚卸資産として正当のものであることを認める。

そこで被告は別紙第一表記載のとおり原告の売上金額を一、五九九、六〇〇円と算出した。但し、(お)還元率は差益率を一〇〇パーセントから減じたものである。

(四)  必要経費について、

原告の必要経費は広告宣伝費一四、八二五円、修繕費六、三二〇円、消耗品費一八、七三〇円、組合費二、六六〇円、公租公課一〇、三五〇円、光熱費四、八〇一円、電話料五、九五四円、減価償却費二五七円、雑費六、六四八円合計七〇、五四五円の限度で正当である。

しかしながら、原告主張の支払利息については、原告が所得税の軽減を図るため、親族との間に通謀の上貸借を仮装し、事実に合しない貸借証書、利息領収書を作成したものであつて、原告が実際に営業上の資金として借り受けた債務の利息として支払つたものでない。

以上のとおりであるから、売上金額一、五九九、六〇〇円、年末棚卸資産一一七、〇六八円、合計一、七一六、六六八円から、仕入金額一、一八二、三二一円、年初棚卸資産一五九、四三〇円、必要経費七〇、五四五円、合計一、四二二、二九六円を差引すると原告の所得額は三〇四、三七二円となるから、原告の主張は理由がない。と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が昭和二六年度分所得について青色確定申告書を提出したが、昭和二七年一月八日所轄中京税務署長に青色申告承認申請取下書を提出したこと、中京税務署長が同年三月三一日原告の事業所得額を二五八、九〇〇円とする旨の更正決定をしたこと、原告は同年四月二八日中京税務署長に再調査の請求をしたが、三ケ月以内に決定がなされなかつたため、被告に審査の請求があつたものとみなされ、被告は昭和二八年五月一日付で原告の審査請求を棄却する旨の決定をし、右決定がその頃原告に通知された事実はいずれも当事者間に争がない。

(一)  青色申告取下について、

原告は青色申告承認申請取下書の提出は所轄税務署員の強要によるものであつて、青色申告取下の効力を生ずるものでないと主張するけれども、その強要によるものであることを認めるに足りる証拠は何もなく、かえつて成立に争のない乙第一号証、証人松本馨の証言によると、原告は所轄中京税務署松本事務官から原告の備え付けた帳簿に売上金額の一部脱漏のあることを指摘せられ、右青色申告承認申請取下書を提出したものであつて、松本事務官の強迫によるものでない事実を認めることができるから、原告の申告は青色申告としての効力を有するものということはできない。

そこで原告の昭和二六年度における所得金額を算出するについて、原告の備え付ける帳簿の記載が信用できるものかどうか、これが信用できない場合被告のした売買商品差益率による推計計算が相当かどうかを判断する。

(二)  仕入金額と年初棚卸資産について、

原告は峯旭園森田誠治からの茶仕入金額は一八一、六三五円であると主張し、成立に争のない甲第二号証の一、二(原告の帳簿)はこれに合致する記載があるけれども、これを後に揚げる証拠と対照するときは容易に信用することができず、かえつて、成立に争のない乙第五号証の一から一〇まで、証人森田誠治の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一から三まで、同証言、証人三浦清治の証言を総合すると、甲第二号証の一、二には合計八一、四五二円の記載もれがあつて、原告が峯旭園森田誠治から昭和二六年度に茶を仕入れた金額は二六三、〇八七円であると認めるのを相当とする。証人西村力弥の証言によつても右認定をくつがえすことはできない。菓子仕入金額が九一九、三二四円であることは当事者間に争がないから、仕入金額の総額は一、一八二、四一一円と認定する。

年初棚卸資産中菓子類六六、五八〇円、茶類九二、八五〇円であることは当事者間に争がなく、原告は包装用紙袋三、六九五円を年初棚卸資産中に計上しているけれども、これは消耗品費であり、購入した年度の必要経費に算入すべきものであつて、年初棚卸資産に算入すべきものでないことは明らかである。従つて年初棚卸資産は右菓子類、茶類合計一五九、四三〇円であるといわなければならない。

(三)  売上金額と年末棚卸資産について、

原告主張の売上金額は一、三八四、〇四八円であつて、その主張の仕入金額は一、一〇〇、九五九円であるから、その差益率は二〇・五パーセントに過ぎない。しかしながら、成立に争のない乙第四号証の一から三まで、第六号証証人松本馨、三浦清治の証言によると、一般の標準によれば菓子小売の差益率は二五パーセント、茶小売の差益率は三〇パーセトであるが、所轄中京税務署松本事務官は昭和二七年一月九日原告の店について実際に取扱商品の売価と仕入原価を調査した結果、主要な菓子類二六品目の平均差益率は二二・八パーセントであり、茶類一四品目の平均差益率は二五・一パーセントであつた事実を認めることができる。

原告は近所に菓子小売の同業者多く、売上の七割を占める大衆向菓子は定価どおり販売せず月に数回原価販売をするので差益率は一割に過ぎない。高級の菓子は差益率一割五分から二割までであるがその売上は菓子類中三割に過ぎない。茶の方でも差益率の高い高級のものは殆ど売上がなく、売上の多いものの差益率は一割五分に過ぎないと主張するけれども、前示差益率は前示のように実地調査に基くものであつて、原告主張のような実情は必要な限度で当然考慮されているものであり、その差益率が原告主張のとおりであることはこれを確認できる証拠はない。

甲第一、第二号証の各一、二の原告の帳簿から算出された差益率は、右実地調査による差益率と大体において一致するはずであるのに一致していないから、その不一致を正当とする事情の認められない以上、右甲号証の記載は正確なものと認めることはできない。

年末棚卸資産中菓子類九三、六七四円、茶類二三、三九四円であることは当事者間に争がなく、原告は包装用紙袋一、四三二円を年末棚卸資産中に計上しているけれども、前示のように年末棚卸資産に算入すべきものでないことは明らかであるから、年末棚卸資産は右菓子類、茶類合計一一七、〇六八円であるといわなければならない。

そこで前示の年初棚卸資産と仕入金額を加えたものから年末棚卸資産を差引した原価を、還元率(差益率を一〇〇パーセントから減じたもの)で除して売上金額を計算すると、別紙第二表記載のとおり一、五九九、七二〇円となる。

(四)  必要経費について、

原告は営業資金の支払利息が四三、二〇〇円あると主張するけれども、その貸主という矢野良子は原告の姪にあたる未成年者であつて、原告との間に作成せられた公正証言における債権者は良子の毋西村スエノであること、公正証書には利息の約定が記載せられておるのに利息の約定はなかつたものであること、その利息として支払つたという金額は区々であつて一定の基準がなかつたことは原告自ら主張するところであり、このことと証人三浦清治の証言を総合すると甲第三号証、第五号証の一から七まで、第七号証の記載は事実に合致するものと確認することができない。従つて原告の右主張は援用しない。

右支払利息を除いて必要経費が七〇、五四五円であることは当事者間に争がない。

以上のとおりであるから売上金額一、五九九、七二〇円、年末棚卸資産一一七、〇六八円合計一、七一六、七八八円から仕入金額一、一八二、四一一円、年初棚卸資産一五九、四三〇円、必要経費七〇、五四五円合計一、四一二、三八六円を差引すると原告の所得額は三〇四、四〇二円であるものといわなければならない。そうすると原告の所得額を二五八、九〇〇円とした更正決定に違法はなく、原告の審査請求を棄却した被告の決定は適法であるから、その取消を求める原告の本訴請求は失当であつてこれを棄却しなければならない。そこで訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

(別表省略)

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